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2007年02月04日

東條英機の捉え方

まいど。PCの調子が悪かったので、久しぶりの更新です。

さてさて先日、とある集会に参加して「第24回全日本中国語スピーチコンテスト」で優勝した方のスピーチを聞く機会がありました。
その方、東亜同文書院で学んだ祖父の話を幼い頃から聞き、自然と中国に親しみを感じていた。といういわばサラブレッド。それはもう素晴く美しい中国語(全国優勝なんだから当たり前ですが)で感動しました。して内容は

「排他的ナショナリズム

      を乗り越える」

ボクにスピーチの中国語を訳す能力はありません、でも幸いにして日本語訳(『日本と中国』社団法人日本中国友好協会)がありましたので、それを見てました。

排他的ナショナリズムを乗り越えよう!という結論には何の異存もありませんが、その中身は突っ込みどころ満載かなぁと。
突っ込み始めると長くなりますし、ボクより面白い突っ込みを入れて下さる方がネット上には沢山いらっしゃいますので省略します。

そして同じ日にその集会で『中国へのノスタルジア』(笹子青子:文芸社)という本を入手。



著者は株式会社菱食<t.7451>廣田会長の従兄弟、1930年中国福建省生まれ。外地で幼少期を過ごした著者の郷愁が綴られてます。広東在住者ならではの汪兆銘への高評価に、なるほどと思った次第。

さてさてその御二方共に東條英機について触れてました、その捉え方は…

『中国へのノスタルジア』では「戦陣訓を作った当事者として、東條元首相だけは靖国神社から分祀して欲しい」

スピーチコンテストでは「あの戦争を指導した東条英機ら一部の戦争指導者たちを、私は許すことができません」

ボクも戦後生まれのくせして言うのはなんですが、戦争経験者の一言は聞いてて落ち着きます、ギスギスしてなくって。

「許さない!」という概念は

日本的ではない

と思いませんか?

日本と中華民国には赦す文化があっても、中華人民共和国と大韓民国にはそもそもそういう概念が存在しないかなと…
「許さない!」という概念は戦後教育の成果でしょうか。

日中友好を祈る一市民として、今後の日中両国の友好関係をリードするであろう偉い人には、もっと日本的な情緒を大事にして欲しいものです。
それが無い故に“右翼勢力”にやり込められてパッとしないんだと思いますよ。
posted by ぶろぐ亭炎上 at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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